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カテゴリ:人生の味わい( 6 )

末期ガンになたIT社長からの手紙  藤田憲一著

 幻冬社から出版されたこの有名な書籍は、近くの小さな書店に早くから注文していたのに、なかなか手に入らなかった。注文を出して20日くらいはかかったろうか?
 さぞや再販を繰り返したものが届くことだろうと思ったが、意外に初版本だった。

 それはともかく、スキルス胃癌に罹患し、再発して余命3ヶ月と宣告された藤田氏が、現在も頑張ってテレビ・マスコミで大きく取り上げられているのは周知の通りである。
 
 ところで本ブログの筆者は職業柄(漢方専門薬局経営の薬剤師)、転移ガンや進行がんでQOL向上の目的から、当方の漢方薬を求めて長期間服用中の患者さんが大勢おられるので、藤田氏の苦悩や頑張りにこの書籍を通じて教えられることはとても多い。

 藤田氏の職業に対する執念には脱帽するばかりだが、当方で何年にも亙って転移ガンで苦労されている患者さん達の生き様と比較して見ても、彼ら彼女らも、決して引けをとらないことに驚いている。
 大学教授もいれば中小企業の経営者もおられるし、四十代で進行がんや転移ガンと闘っている人も多い。

 ただし、藤田氏のように三十代という若き患者さんは、過去には悪性リンパ腫や白血病あるいは睾丸腫瘍・子宮頸ガンなどでおられたが、現在は四十代以降の方ばかりで、過去、三十数年の仕事上でも三十代や二十代という方は、やはりかなり少ない。

 といっても、過去には子宮頸がんでなくなった二十代の女性や、悪性リンパ腫が9年目にして再発転移し、なくなられた方もいる。

 だから、決して、二十代・三十代の若さではガンや悪性腫瘍が無縁というわけではなく、進行して命を奪われることもない訳ではない。

 現在では、二~三人に一人はガンに罹るといわれる時代だが、その四割前後は根治しているといわれる。
 根治できない残りの6割近くの人にしても、当方の常連さんにも10年以上お元気で転移ガンや進行ガンと戦い続けながら本業を続けられておられる人が何人もおられるのが現実である。

 だから決して悲観するには及ばないのだが、それもガンの種類にもよるもので、藤田氏のようにスキルスとなるとやや別問題のところがあるようだ。彼は人並みはずれた気力によってガンと闘う免疫細胞が活発化してくれているのだろう、どこまでも頑張ってほしい。そして、同じガンや悪性腫瘍と闘っている人々に勇気を与え続けて欲しい。


関連ブログ:http://murata-kanpo.seesaa.net/article/20329781.html

     http://murata-kanpo.seesaa.net/article/20357579.html
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by cyos | 2006-07-05 14:01 | 人生の味わい

夏 目 漱 石 の 全 小 説

小説にも色々あって、だから、必ずしも本を読むことは健全とは言えないシロモノも多い。

現代は、ネット界はもとより、一般社会でも、エッチが洪水のように溢れている。

これだけ大量に氾濫してもらうと、チト、どころか、大いに嫌気がささないかね?

なかなか手に入らないものには、価値があるが、どこにでも、道端に転がっている石と同様じゃないか。

逢えない恋、花も紅葉もまったく無くなった「うらのとまやの秋の夕暮れ」だから、花も紅葉も価値がある。

投稿者(小生)のもとには、毎日、エッチの誘いの迷惑メールが、何十通来るだろう。

ある手段を使って、受け取り拒否の手続きを徹底的にやっても、この調子である。

何十万円も支払うという、凄まじい誘いもある。

何で、こんなオジインが、もてるものか!

何かあるに決まってるじゃないか。

ネット界も、巷(ちまた)も、ここまでエッチが溢れると、そろそろ飽きてこないかね。

チ~~タ~~、人生を真面目に考える気には、ならんかね?

明治時代には、人生を真面目に考え、また、社会を真剣に考えた人が多い。

現代にもそういう奇特な方も、多いだろうが、当時に比べ、手持ちの「語彙(ごい)」が、あまりに乏しすぎる。

当時は、今のように、テレビはもとより、インターネットも無い時代。
しかしながら、豊富な語彙によって、思考能力が優れていたのみならず、その豊富な語彙によって、情緒や情操(じょうそう)が、とても豊かだった。

奥ゆかしい日本人なれば、おもてに派手な表出はないにしても、多くの作品に残されている。

樋口一葉しかり、また、夏目漱石は、もっとも読みやすく、人間とは、人生とは、時に豊かなユーモアとともに、時には深刻な題材として。

教科書から、夏目漱石が消される時代だという。

漱石を乗り越えるような作家が、日本に本当にいたのかね?
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by cyos | 2005-10-03 00:12 | 人生の味わい

太宰治の小説 「斜陽」と「人間失格」だけはイタダケナイが

太宰治は、何度も繰り返す心中未遂と、最期の心中で、あまり評判のよくない部分も多いが、作品には、意外に健康的なものが多い。

健康的なものなら、なんでもいいように聞こえても困るのであるが、相対的な意味である。

優れた作品には、時に毒が含まれているから、優れた評価が与えられている傾向がなくもない。

しかしながら、太宰氏の現実生活のイメージからは、作品そのものは、意外に健康的で、すがすがしいもの、感動するもの、美しいもの、考えさせられるもの、多彩である。

ところが、小生の感覚では、二十歳頃に読んだ「斜陽」と「人間失格」だけは、イタダケナイ。

歳を取って再読すべきだろうが、その気になれない。

何の得る所もない、気がする。

それ以外の作品は、歳をいくら取っても再読の価値が大いにある、と思っている。

「富士山には月見草がよく似合う」

という一節などは、特に有名だが、当時の美しい富士山の情景が、目に浮かぶようである。

これが、書かれている作品は、どれか、探してみるがいい。

日本文学史上、永遠に残る作家であろう。

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by cyos | 2005-09-23 09:04 | 人生の味わい

皆さん! もっと本らしい本を読んで御覧なさいよ!

「皆さん! もっと本らしい本を読んで御覧なさいよ!」に続いて、

すると、人生がもっともっと、味わい深く、なおかつ、視界が大きく開けてきますよ!

と、続くのである。

このブログは、あんまり人気がないが、それは覚悟の上。

どうも、真面目系が、サッパリな時代で、軽佻浮薄もいいところ!

いわゆる「教養」などという言葉も、完全に「腐語」となっている。

先が思いやられるこのニッッポンよ!

と叫びたい心境にならぬでもないが、まっ、困るのは君たちだからね。

どうせ、コチトラは老兵。

ただ去り行くのみよ。

まっ、せいぜい、歳を取って後悔しないように。

「一寸の光陰、軽んずべからず」

という漢詩の一説、知ってるカイ?

「少壮いくときぞ、老いをいかにせん」

というのも、ありマッセっ!
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by cyos | 2005-09-11 01:50 | 人生の味わい

日 本 文 壇 史 全24巻・総索引  伊藤整・瀬沼茂樹   (講談社文芸文庫)

主として、明治から大正初期にかけての文壇史である。

文壇史ではあるが、そのまま明治の文化史であり、登場人物5,000名を越える壮大な実話絵巻となっている。

全巻を通じて登場する夏目漱石や島崎藤村、坪内逍遙。

ほとんどの巻に登場する森鴎外など。

おのずから明治文化史の中心人物が、各場面で登場する。

明治はどういう時代であったか?

明治維新後の日本人は、どのように感じ、どのように生活し、どのように倒れていったのか。

樋口夏子、つまり樋口一葉は、どのように頑張り、どのように生活し、どのようにして夭折(ようせつ)したのか。

多くのことが、日日単位で、あるいは時間単位で、実話物語は、ゆったりと、ゆっくりと、おもむろに進行していく。

ここには、文学史に残る数々の登場人物が、生身の活きた姿であらわれる。

読者は、登場人物と友人になったり、親友になったり、喧嘩したり、犬猿の仲となったり、読者自身も明治の人間として参加している錯覚を起こし始めるであろう。

人生とは、明治の文化人の生き様とは、このようであったのだ!
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by cyos | 2005-08-18 12:53 | 人生の味わい

小 説 の 終 焉  川西政明著  (岩波新書)

二葉亭四迷の「浮雲」から始まった近代小説でテーマとされてきた[私」「家」「青春」などの問題は、ほぼ書き尽くされ、いま小説は終焉を迎えようとしている。

というのが、本書の見開きのカバーに記されている。

まったく同感で、以後の小説は、すべて、屋上(おくじょう)に屋(おく)を重ねるばかりの、蛇足に過ぎないのかもしれない。

日本の文学史に残れるような小説は、今後はもう、ないのかもしれない。

勝手なことを言わせてもらえば、三島由紀夫以後の作品の多くは、南木佳士氏など、一部の異色作家を除いて、蛇足に過ぎない、と言ったら、袋叩きに合うのだろうか。

しかし、このような感想を持つ、一読書家がいることも、事実である。

たとえば、三島の同世代の高名なO氏などの悪文は、日本語を破壊するものとして、評価できない。

同じく同年代の、すでに他界されたA氏の小説は、私には何を言っているのか、皆目理解できない。

当時、教科書にまで採用されており、何も理解できない自分に、ひどい自信喪失感を強くを味わった経験がある。

俺は日本人として、今後やっていけないのではないか、日本語がこれほど理解できないのでは、理科系で頑張るしかないのか、などと・・・・。

何のことはない、今から思えば、おかしいのは小生ではなく、A氏の方だったのではないか、という結論に達している。


(以上は、小生の独断と偏見だらけであるから、袋叩きはやめて欲しい。さもなければ、正当防衛上の緊急避難として、昔鍛えた××が・・・・・?)
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by cyos | 2005-08-10 09:24 | 人生の味わい