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「中医病機治法学」陳潮祖著:自身の専門分野でもっとも影響を受けた書籍

 専門分野において、最も影響を受けた書籍がタイトルの「中医病機治法学」である。

 漢方と漢方薬を専門とする医師・薬剤師の必読書として常に推薦しているが、構造主義科学としての中医学の更なる可能性を大いに示唆してくれる最高の書籍であると現在も思っている。

 本書がいかに素晴らしいか、陳潮祖先生の「はしがき」部分の拙訳を以下に転載させて頂こう。
 一般の方にとってはチンプンカンプンであろうが、一定レベルの専門家であれば、この序文を読むだけでも漢方と漢方薬の無限の可能性を感じないわけには行かないはずだ。
  まえがき


 中医学の治療においては「弁証論治」を重視する。弁証のキ-ポイントは病機を把握することであり、論治のキ-ポイントは治法を確定することにある。このため病機と治法は、弁証論治の核心となるものである。

 本書では、五臓の生理機能にもとづき、発生した病理変化の病機と治法を解明している。とりわけ病機と治法は、理・法・方・薬の一連の繋がりにおける二つの重要ポイントであるから、学習者が病機と治法の原理を十分に理解することが出来るようになれば、実際の臨床時に理論と法則という確たる根拠を持つことができ、医療効果を高めるのに大いに助けとなることであろう。

 本書は上編の総論と下編の各論の二分野で構成されている。

 総論では、各種の病機体系と臓腑との関係を明らかにしたが、これは臓腑こそが病機体系の基礎であり、各種の病機体系は臓腑病機の中に統一されるべきもの、と考えるからである。同時に、病機と治法の共通性を検討し、病機と治法の関係を明らかにしている。したがって総論を理解して頂けば、各論における具体的な内容を十分に理解して頂けるはずである。

 各論では、五臓を中心に五大系統に分け、一系統ごとに一章を設け、別に二臓同病を加えて合計六章とした。各章ごとに生理機能を考察した項目を設け、病変が発生したときの発病のメカニズム{発病機序}を検討した。さらに病機にもとづいて治法を検討し、同時に成方の例をあげ、治法に対する具体的な実例を示した。

 各論では一一四条の「病機と治法」が含まれ、例方は六五七剤である。すべての病機を網羅しつくした訳ではないが、おおよその五臓の生理と病理の概略を知ることが出来るはずである。

 五臓の生理機能はいずれもそれぞれの特性を備えている。肺は気を主り、宣降{宣発と粛降}の働きがある。脾胃は納運{受納と運化}を主り、昇降{昇清と降濁}の働きがある。肝は血を蔵し、疏調の働きがある。心は神を蔵し、血脉を主り、明通{意識を清明にすることと、血液を流通させること}の働きがある。腎は精を蔵し、水を主り、蔵化{蔵することと、気化すること}の働きがある。これら五臓の生理機能はいずれも気血津液の生化輸泄{生成・輸布・排泄}に関係があり、「通」{流通}という共通した働きを示している。そしてこの基礎物質の生化輸泄に過不足やアンバランスが生じたときこそが病態なのである。五臓それぞれの特性と、五臓に共通した「通」という性質にもとづき、病機と治法を分析してみると一目瞭然であろう。それ故、五臓六腑は「流通しているべきもの」という命題こそは、病機と治法を分析する上での重要な指針となるものである。

 各病機においてはいずれも、①病因・病位・病性の三者を総合的に解明し、②気血津液の昇降出入と盈虧通滞の状況もあわせて述べ、③定位・定性・定量の三方面における病変の本質を明らかにしている。このため臓腑の生理病理を経とし、病因弁証・八綱弁証・気血津液弁証を緯とした構成をとっている。

 各治法については、病機をその理論的根拠として、①発病原因を除去し、②臓腑機能を調整し、③気血津精の疏通や補充を行う、という三方面から治法原理を明らかにしている。このため思考の筋道が通り、理解しやすくなっている。

 各臓の病機の分析を行うとき、それぞれの所で一つの新しい見解を提出しておいた。

 第一は、肺の宣降機能は他の臓腑と協調したり、他の臓腑を制約したりする。だからこそ「肺は相傅の官にして治節の権を司る」{出典は《素問・霊蘭秘典論》で「肺は相傅の官、治節これより出ず」とある。肺は君主たる心を助けて管理調節している、との意味}と言われるのである、との見解である。

 第二は、脾と胃はそれぞれ消化器系統の虚と実の二つの面を代表しており、またこれは「実するときは陽明、虚するときは太陰」の意味である、との見解である。

 第三は、肝の疏泄機能は気血津液精の五種の基礎物質の運行調節を統括管理しているが、このことは「肝が筋膜を主っている」ことと関連があるのであろう、との見解である。

 第四は、少陽三焦は膜原と腠理の二つの組織がまとまったもので、表裏上下のあらゆるところに存在している。そしてこれは五臓六腑・四肢百骸の組織と連絡し、津気が昇降出入する交通路となっている、との見解である。

 第五は、手の厥陰心包は大脳の機能が内在したものである、との見解である。

 第六は、気血津精という各種の基礎物質は五臓の機能活動の物質的基礎であるが、腎の気化機能はこの気血津精の生化輸泄に関与している。それだからこそ五臓が傷害されると、結局は必ず腎に影響が及ぶようになるのである、との見解である。

 第七は、五臓間の生克関係は、気血津液の生化輸泄{生成・輸布・排泄}状況のバランスに関わっている、との見解である。

 第八は、五臓六腑は「通」{流通しているべきもの}としての生理と病理の特徴がある、との見解である。

 以上の見解は、一部は先人の基礎の上に整理したり発展させたもので、一部は個人的な管見である。同行の諸兄に問題を提起し、中医学理論の深化に些かなりとも貢献出来るのではないかと愚考している。

 本書は中医学理論の専門書であるばかりでなく、臨床に直結した指導書でもある。中医学理論の研究と、実際の臨床面での参考に供するものであり、また中医学入門者にとっての参考書ともなろう。

 なお、この書では各病機と治法ごとに根拠を示して検索出来るようにしている。とりわけ《内経》などの書籍から原文を引用しての説明が多い。なるべく明快な病機の解説を心がけ、一部の内容については必要に応じて重複して記述した。もしも不足していたり誤っている所があれば、読者諸賢の御批判、御指導をお願いする次第である。

 総論の第一章の二、三節は、一九八二年に小生と鄧中甲氏と共に執筆した「臓腑病機概説」に手を加えて出来上がったものである。その中にはî中甲氏の労作の成果が含まれている。執筆中、沈湖祖氏、周訓倫氏、陳建平氏、田憶芳氏、呉平氏、賈波氏など、諸氏の指示を賜り、謝克慶氏には拙著ために序文を賜った。また、我が院の科学研究所と四川科学技術出版社の一方ならぬ御援助に預かった。ここに謝意を表する次第である。

           著者 陳潮祖
          成都中医学院において
             一九八七年六月

by cyos | 2006-05-09 11:47 | 科学理論とは何か